吾輩は吾輩である

どこかに理解者いるのかな

併発している症状

舞い上がりモードによる悪夢の消滅はあっさりと復活を迎え
ここのところまた夢が険しい。
嬉しいことがあっても1週間持たなかったな。
特別嫌なことなかったのに、潜在的に眠るストレスを対処療法したに過ぎないのか。

夢日記つけようと思ってるわけじゃないからすぐ忘れちゃうけど
先日見た中で結構インパクトが強くてまだ覚えているのがある。
端的に言うと「災害で死ぬ瞬間の自分」を夢に見た。
人間の肉体はその地球の威力に到底敵う筈もなく「ああ、助からないな」と
自分の死をリアルに受け止める瞬間だった。
ただ体が吹っ飛ぶスピードが加速して止まらずブレーキなどない。
絶叫マシンどころじゃない恐怖感はあったものの
「あ、本当に終わるんだな」「別にいいや」って思ったら目が覚めた。

悪夢にカテゴライズするものなのか微妙だけど
自分が死ぬ瞬間を見るってなかなか後を引きずる。
その後のお昼寝もなんかごにょごにょ苦痛を伴う夢を見たけど忘れちゃった。
ただ、なんか怖かったなっていう感覚だけ残っていて
叫びながら起きるとか泣きながら目を覚ます程のリンクはないものの
夢の中の重みが現実にずーんって続いていく。
内容忘れちゃうのに印象だけで不幸感を纏うって変よね。
でも気持ちの切り替えがそんなに簡単に出来ないの。
胸の奥がなんか下向きに引っ張られて重くて、時々動悸。

かと思えば楽しく家事して大掃除して、細々した整理する程活動的になったり
買い物衝動がちょっと異常だったりする。
多分この2~3日で20万円くらい使ったと思う。
数百円のものから、5万円くらいのものまで何十点も買った。
欲しいものではある、ずっと買わなきゃと思ってたものもある、衝動買いもある
だけど普通に考えたら一気にこの額の出費に勢いづくのは多分ダメだ。
分かってるんだけど欲求を満たす簡単な方法として重宝してしまう。
幸い袖にあるからお金を出せるんだけど
円満な人間関係が努力しても手に入らなかったからって
お金で望むものを入れたいという悲しい反動。

買い物依存の定義を調べたら
同じ「大量買い」でも、それが欲しくて買うのは浪費家で
買うという行為に重きがあるのは依存症なのだそうだ。
私のはどっちなんだろう。
虚しい心を満たしたい、という理由ならやっぱ依存症なのかな。

週末これでもかって程寝倒したのに
今朝は家を出る時間に目が覚めた。
朝は余裕持って時間設定してるから
その時間に起きても急げば何とかなるものの
急ぐモチベーションが湧かなくて再度のアラームすらかけずに再び突っ伏した。

悪夢を見たかどうか覚えてない。
だけど心がなんだか「やだ」って言ってる。澱んでどろどろしている。
悲しくはない。死にたくもない。だけど言葉にならないストレスがあった。
急ぐのをやめよう。
今日は他の社員がお休みで人手不足だから本当は行かなきゃだけど。
甘えかな、怠慢なのかな。
でも仕事に向かう気力が全然わかなかったんだ。
パワハラのこととか、他の悩みとか頭に浮かべるわけじゃなく、ただ心が濁ってる。

朝のエビリファイと共にレキソタンを飲んで
のんびりと湯船に浸かって身体を綺麗にして、宅急便受け取って
月曜のゴミ出しをしながらコンビニへ行って不足資料を市役所へFAXして
…っていう家周りは活発に動けた自分に対して
仕事に行くのは何故そんなに気が重いのか違いを考えてみたり。

簡単に言えば袋を開ければ食べられるお菓子と
調理しないと食べられないのの違いのような労力の差なんだろうけど
家の中ってやっぱり安心感があって私のルールで生活出来るのが良いんだよね。
外に出たら意思に反してやりたくないことをやらされたり
やりたいことを我慢しなきゃいけないのが当たり前で
それを大きな苦痛と捉えるか否かは別だけど、国籍が変わるような感覚。

今日は午後から重役出勤で頑張っただけど
ずっと動悸がおさまらないよ。
悲しくないけど時々涙が出るよ。
胸が苦しくて押しつぶされそう。なんなのこれは。
家にいる時は眉間がけいれんして不安になって調べたけど
何かの病気なのかなって、今の私はストレスを疑うのが妥当なんだろな。

先週のハッピーモードの時はもう病気治ったんじゃ?って思ったのに
やっぱり全然そんなことなかったや。