吾輩は吾輩である

どこかに理解者いるのかな

自慢出来る不幸とは

4回目のカウンセリングに行った。

深刻な苦しみがない今、続けるべきかやめるべきか悩んでいる。

 

前回はバッチリ回復したつもりだったけど待合室で動悸がして

不慣れな環境には敏感だったりとかまだ万全じゃないのかなとも思った。

会社の福利厚生だから無料で受けられるっていうのが大きいし

現状の悩み相談や体調相談だけではなくて

性格分析や過去の教育分析の期待があったからとりあえず行った。

 

でもカウンセラーのおじいちゃんのリアクションがピンとこない。

そもそもカウンセリングって何をするんだろうか。

前の女性カウンセラーは形式にのっとってロールシャッハをやったり

すごく親身に話を聞いて1つ1つにカウンセラーの意見が添えられて

ちゃんと対面してる価値はあったと思う。

 

でもおじいちゃんはそもそも私を認識していない。

過去に話したことも殆ど覚えていなくて

こっちが一生懸命話しても相槌と適当な感想しか返ってこない。

「その辺はまあ適当に距離をとってうまくやってください」とか

「気にしない方がいい」とか、笑顔で物腰は柔らかいけど親身感がない。

 

私はストレスとなった出来事とそれに対する感じ方を告げて

性格分析とどう対処していったらいいかの専門知識が欲しいわけで。

どういうものに敏感でどうなりやすいという傾向を分析して

その詳細を私に告げることで私が自分を知り

教えられたことを活かしていくっていうのが理想なんだけど。

全然刺さる言葉をくれない人だなぁという手応えのなさ。

 

先生の目から見て私はどう映っているのか、それすら何も感じない。

認識してない、覚えてない、興味がない…そりゃ言葉も出なかろう。

こちらが一方的に話すだけ話して雑にあしらわれる。

聞かれるのは「睡眠はとれてる?それはよかった」ばかり。

これはカウンセリングと言えるのか…。

 

それとも私の症状が軽いからマトモに取り合ってくれないの?

「深刻に体調に表れる症状はないけど気分はくもり」という自覚。

薬も病院も今は必要としていない。

ちょっとしんどくなったら一時的に残りの薬を飲めばいい。

もう行くのやめようかな。。

先生が違ったらもっと深く掘り下げてくれるものなのかな。

カウンセリングの概念がよくわかんないや。

 

職場に月1で来てくれる産業医の先生の方がまだマシで

前回は「あなたは性善説なんだね」という置き土産を残していった。

相手を良い人だと信じているから悪い面を知って傷付いちゃうんだと。

大人になると悪い人汚い人を山ほど見て他人に期待しなくなっていくし

ある程度警戒しながら生きるようになっていくものだけど

あなたは基本的に警戒心がなくて誰のことも信じるところから入っていると。

 

「そうなんです、私犬タイプなんです」って話をした。

飼い主が帰って来る度嬉しくなって飛んでお迎えに行くし

嬉しいことは嬉しいって全身で表現してしっぽぶんぶん振るんだっていう。

猫タイプはクールで感情を隠そうとして相手をじっと見定めるし

報われない要求を繰り返しするような無様なことをしないけど

犬は何度裏切られても何度でも好き好きって飛びつくんだと。

 

人間不信になって今までなかった警戒心を持つのは息苦しいけど

すぐにガードをはずしてしまうのは自分を傷つけやすいよと言われて

「今日は僕珍しくちゃんと実のある話してる!」って笑ってたっけ。

私は自己分析が既に出来ている上に悟りを開いてるから

話のレベルが難しいとも言われていて

カウンセラーとしていいことを言える確率は低いらしい。

都合のいい言い訳かもしれないけど。

 

自傷癖を治したいとか、摂食障害睡眠障害を治したいとか

理性や集中力がコントロール出来なくて日常生活が1人で送れないとか

大切な人を亡くして何も手につかないとか切羽詰まった状態ではないんだけど

私はそれを幸せだと感じられず、甘ったれてる扱いにしかならないのが悔しい。

私だって色々あるんだよって無理に苦悩を探し出して

不幸自慢しなきゃ存在価値がないような気さえする。

 

詳細を話せば話すほど見下されたり嫌悪されるようで

もう1人で抱え込むしかないのかなと現実に幻滅しているよ。

吐き出したいのに。

まだどこかに誰かちゃんと話を聞いてくれる人がいるんじゃないかって

諦められないのに。