吾輩は吾輩である

どこかに理解者いるのかな

溢れ出た我慢

昨夜たくさん泣いたら今朝まぶたが片方だけ腫れていた。

顔に赤い斑点も出来ているけどなんだろうこれ。

 

私は涙腺が弱い。

近年は「すぐ泣く人」として周囲に認識される程になってしまった。

年を取ると涙もろくなると言うけど、身に染みて実感する。

身体的機能の涙腺がボロくなったわけじゃなくて

人生経験を積んで色んな立場で物事を見ることが出来るからこそ

悲しみや喜びに強い共感があって、感情移入っぷりが過多になるというか。

1番の理由は情緒不安定なんだろうけど。

 

目が腫れるのはこするからであって涙の分泌自体は腫れないなんて聞くけど

泣き慣れているのもあってか普段はある程度泣いても目が腫れるようなことはない。

でも今朝お岩さんになった顔を見て、昨夜はよっぽどだったんだなぁと思った。

 猿も木から落ちる。私の瞼も腫れる。

 

 

善意の連絡をくれた友人に八つ当たりした。

善意には、無神経さと親切心が混ざっている。

その友人は分析して判断することが苦手で、受け入れるのが得意なタイプ。

私と真逆だから成り立ってるようなところがある。

彼女にとって興味のないことは脳に伝達されない「無」であり

他人の気持ちの想像力に欠けるところがある。

明るく生真面目で努力家。悪気はないが配慮も浅い。そんな人。

 

「宗教セミナー参加券をゲットしたから遊ぶ約束してた日に一緒に行こう!」

みたいな勧誘を彼女がしてきた。

(※宗教というのは例え話でこの話に宗教は一切関係ありません)

いやいや、私さんざんその宗教無理だって言ったよね?何時間も話したよね?

「その宗教を意識せずに生きていくのが1番だね」ってアドバイスもくれたよね?

 

「え?何を言ってるの?なんでそうなった?」って聞くと文面通りに受け取って

「買い物してたらたまたま話しかけられてセミナーに誘われたんだよ~」って

まるで論点の違う回答がくる。

私がどれだけそれを苦痛と感じていて離れたがってるか知ってるよね?

宗教の勧誘が偶然を装った狙い撃ちであることも気付いていないし

遊ぶ約束の日をそれにあてようとする感覚も解せぬ。

 

私はかつてその宗教と少しだけ関わりのある立場だった。

ご近所付き合いの手前、今も挨拶だけ続けているから表向きは温厚。

それを何か勘違いして「私も一緒ならセミナー行くかなって思って!」と

無邪気に誘ってくる彼女に悪気はない。そりゃもうビックリする程に。

 

むしろ本当の嫌悪対象は彼女をダシにした宗教の筈とは思えど

何回も何時間もその宗教との関わりに疲弊した話をしたのに

この人にはどんなに熱く話しても伝わらないのかもしれないと感じた。

フォローした方がいいと思いながらも怒りや悔しさが鎮まらなくて

今まで貰った励ましも感謝の言葉も全部薄っぺらく散った気がした。

日頃からそれは感じていたけど、いつも味方でいてくれることだけが嬉しかった。

でも自分が宗教に興味あることだけを優先してこの勧誘をしてくる時点で

もう味方でもなくなったような気がした。

 

嫌悪のエネルギーを燃やすべき悪人はもっと他にいて

私にした酷いことレベルで言ったら彼女は0だ。親切でしかない。

でも 心を開いていたからこそ負の感情が大きくわいてしまう。

元々の悪人が悪意たっぷりに勧誘してきたってこんなに響かない。

 

「疲れててなんて返したらいいか分かんないごめん」と数時間経ってやっと送った。

それが精いっぱいだった。

「私こそそっちの立場で考えなくてごめん」と謝ってくれた。

それ以上会話を続ける気力がなくなってしまった。

たぶん、本当に疲れていた。

別にその友人1人のせいでここまで負の感情が膨らんだわけじゃないけど

引き金を引いた友人に「あなたは悪くないよ」と言う気は起きなかった。

 

 

嫌なことがたくさん重なっていた。

ここ数日色んなストレスが蓄積されていた。

些細なものから深刻なものまでたくさんあったけど

少し向き合って、少し目を背けて、元気で楽しい生活を維持しようとしてきた。

でも平気なふりをするのが限界になっちゃった。

 

一般的な人は負のオーラを放つ人に近寄らない。

この人と接触したら楽しそうだなって思う人に寄っていく。

私だって楽しい話がしたい。

他人の愚痴や重苦しい話題、悪意に満ちた悪口はなるべくご遠慮願いたい。

あれが嫌い、あの人のこういうところがムカつくって言えば

それは多かれ少なかれブーメランとなって返ってくるし。

だからこそ、友達の前では加減を考える。

旬な話題だと「前澤社長と付き合ったらブスのレッテル貼られるから無理!」

って言ってた不美人の子に、話を聞いてた全員が硬直してたな…。

 

女子あるあるの「自分の中で答えは出てるけど背中を押してほしい」ことを

悩み相談として友人に話し、自分の考えに賛同して貰おうとするのも嫌いだ。

そもそも「女子特有」のものが基本的に受け付けないものが多い。

なんでもかんでも「可愛い」と言い合って馴れ合う。

褒められた分だけ褒め返さないと空気が悪くなる。

 

ダイエット・コスメ・ブランドの美意識トークも興味ある人同士で勝手にやってくれ。

一緒に食事に行って各自好きなの頼んでシェアしようってなった時に

「炭水化物ヤダー」ってこっちが食べるものまで強制制限すんの勘弁してくれ。

過剰な妄想話や恋バナも当人同士でやってくれ。

そこに関わろうとしない人=非国民みたいな軽蔑視をされやすい世界。

好きなものにお金をかけて、それで自分が満足出来ればいいじゃない。

好きなものが同じでないといけない風潮に息が詰まる。

 

 楽しんでやってることを別の価値観の人が批判しにやってくる。

あなたが嫌いなら嫌いで構わないけど、それを好きな人まで否定しないでくれ。

親に植え付けられた強い強い嫌悪感のトラウマが最近また違う人からチラついている。

しかも複数の暇人たちが全くの別件でネチネチと攻撃をしかけてくる。

気にしなければいい、縁を切ってしまえばいい。

今の私にはそれが簡単に出来ない。

若いころは無鉄砲に言いたい放題主張して派手に喧嘩出来たのにな。

耳と目を塞いで出来るだけ遮断して、こっちに寄ってこないでと念じるばかり。

  

同じコミュニティにいる人と距離を取るということは敵に回すようなものでもある。

所属していた派閥を抜けることは孤立を意味する。

決して自由の身ではない。

結束する身内同士に省かれる居心地の悪い世界に変わる。

 

元は皆私個人の友人だったのに、友人同士を繋いで仲間にしたら私が省かれるんだ。

出会いは注目度の問題、継続は相性の問題。

なら問題があるのは私の性格であり人柄であり、脱落すべくしてするんだろう。

でも繋がなければ自分だけが蹴落とされる屈辱はきっとなかったね。

 

続かなかった過去の人間関係を思い返す。

いつだってそう。ずっと同じことを繰り返している。成長しないね。

嫌いな人が増えすぎている。苦しさの粒が増えすぎている。

世の中が敵だらけみたいに思えてくる。

あの人もこの人も皆私のことバカにして批判して蔑むのでしょう?

 

世界が生きづらくて息が詰まる。

 

記憶を消したい?自分を消したい?

どっちかと言えば後者だ。

 

部屋の電気をつけているのも耐えられなくなって

真っ暗な部屋の中でひたすら泣いた。

明るい世界は違和感しかなくて落ち着かなかった。

姿勢を変える気力もなくてソファに座ったままじっと泣いた。

たまに鼻を嚙まないといけなかったけど。

 

今の私に必要なものはなんだ?

睡眠か、美味しいものか、1人の時間か、話し相手か、エンタメか、薬か。

もう薬に頼るのはやめようと思っていたけどレキソタン5mgを服用した。

相変わらず効果はよくわからない。

気休めのお守りみたいなおまじない。

 

とりあえずいっぱい泣いた。

溜まってたんだなぁと思った。

 

何か一言いつもの鍵垢に呟こうかと思ったけど

そんな主張をして何になるのかと思うと行動に移せなかった。

誰にも話せない。誰にも理解して貰える気がしない。

1人でじっと言葉を飲み込むって思っていたより寂しくなるものね。

 

普段の私を知ってる人がいないこのブログに、そっとこぼしていくよ。